株で大損→破産→自殺未遂から復活した私が投資家へ贈るメッセージ

僕は過去、株で大損して会社を破産させて全財産を失い、精神的に完全に追い込まれ“自殺未遂”までした経験があります。

80年代のバブル崩壊のときや、2000年のITバブル崩壊、リーマンショック時など、歴史的な暴落が起きた時、多くの投資家は“破産”や“自殺”に追い込まれることがたびたび起こります。

僕の場合、未遂で終わったため、命を落とすことはありませんでしたが、僕の仲の良かった友人は相場で大きな損を出したことが原因で自宅で首を吊って自殺しました。

このようなことは投資の世界では、決して珍しいことではありません。

個人投資家の90%以上は株式投資で損をしているといわれていますが、それほど投資の世界は厳しいものなのです。しかし株式市場はときに“逆転復活の機会”を与えてくれます。

僕は破産し自殺未遂までしましたが、株式市場は僕に“逆転復活劇”を与えてくれたです。もちろんその裏側には、批判に耐え、血のにじむような努力があったことはいうまでもありません。

今回の記事は、地獄のドン底まで落ちた男が、どのようにして株式市場で“復活”したのか、そんな“バカな男”の物語を簡単ではありますが書きたいと思います。

1.証券会社で3年ディーラーを経験し、独立して事業開始

東京の大学を卒業した僕は、東京に本社のある証券会社に入社しました。

入社当時は日本経済は好景気に沸いていて、バブル景気の始まりの年でした。

証券会社に入社した僕は、事業法人、金融法人、ディーラー職に配属されます。

当時、証券会社のトレーディング室はいわゆる「徒弟制度」で、先輩社員は、仕事を教えてくれるどころか、口も満足にきいてくれません。「技術はお前が勝手に盗め」と言われました。

朝は、7時には出社して、海外市場の状況を確認し、その日の東京市場のシナリオを考えます。

僕はオーバーナイトポジションを持たない日計り(デイトレード)専門のディーラーでしたので、その日のポジションは、当日にすべて手仕舞いします。

当時はまだ証券取引所が完全システム化ではなく「場立ち」や「フロア・トレーダー」がいた時代で、ディーラー筋しか入手できない情報などもあり、比較的稼ぎやすい環境にありました。

まあインターネットもない時代でしたから、一般投資家は今と違い、板情報も見ることができず業者に圧倒的な優位性があったので、当然と言えば当然ですね。

このころの証券ディーラーという経験から「決断力」を磨くことができたように思います。

ディーラー職を3年ほど経験したのち、独立するために証券会社を退職したのです。

 

2.独立して事業開始

約1年半の独立準備期間を経て、いよいよ事業を開始します。

新会社の業務は、これまでの自身の経験を生かし、個人投資家向けに株式取引の情報提供業務を行うことにしました。また資産運用も同時に行いました。

証券会社時代、東京に住んでいたのですが、父親の体調が思わしくないということだったので、独立の場は故郷である大阪で会社登記を行いました。

独立後、1年を経過したくらいから証券業界紙で週1回のコラムを担当したり、投資のプロ向けの月刊誌に連載や講演の機会も多くいただいたことで、個人投資家のお客さんが付きはじめ、経営は徐々に軌道に乗り始めます。

また、行政の仕事も6か月間させていただきました。

当時、不況にあえぐ中小企業のための「制度融資改革」の一環で、当時の太田房江知事の直轄機関として「金融新戦略検討委員会」が発足。

大学教授など有識者や、メガバンク、地方銀行、ノンバンク、商社などの役員クラスと共に、親委員会のメンバーとして就任依頼を受けました。

その後、本を2冊出版させていただき、これによって個人投資家のお客さんがかなり増え、会社の収益も相当良くなりました。

創業当初は、米国同時多発テロなどがあり、株式市場の環境は非常に厳しいものがありましたが、それ以降、小泉政権下での株高もあったおかげで運用業務も好調に推移し、年間1億8000万円の収益を確保させていただきました。

当時、ある不動産鑑定士の先生と事務所をシェアさせていただき「不動産流動化」による証券化ビジネスにも参入し、不動産へ資金を振り向けるなど経営は好調に推移しました。

 

3.株で大損した、大きな要因とは

一見、好調に見えた経営も、今から考えれば薄氷の上を歩くようなものだったのかもしれません。順調だと思えた会社経営は、あっという間に”崩壊”してしまったのです。

株式市場は2006年に“ライブドアショック”という事件が起き、これまで急騰を続けていた「IT株」が軒並み暴落します。

「ライブドア株」もしばらく値段が付かない状態まで株価が暴落し、多くの個人投資家が破産に追い込まれ、中には自殺する人もいたと聞いていますが、それくらいひどい暴落でした。

同時に、インターネット関連銘柄も一斉に暴落し、ソフトバンクのような有名な会社の株価も暴落しました。

僕の経営、運用はというと、2冊目の本を出版したことや、本格的に日経225先物のトレーディングシステムを構築、リリースしたことによって、たくさんの個人投資家が弊社のサービスを利用してくれていましたし、デイトレードの運用も上手くいっていました。

しかしその後、米国での「サブプライム問題」が表面化し、不動産流動化ビジネスをしていた会社が次々に破綻に追い込まれます。

ピークを付けた日経平均株価は、2007年8月以降、急落する動きを見せたのですが、この時から弊社の資金繰りは厳しくなりました。

数か月で8000万円の資金を失った時は正直、顔から血の気が引いていくのを体感的に感じ、足の震えが止まらなくなりました。この大きな損失によって、一気に資金ショートに向かいます。

なぜこのようなことを引き起こしたかというと、、

大損した要因

・慢心と油断
・大きなポジションを持っていたことから“損切り”のタイミングが遅れたこと。
・運用原資を借入金でまかなっていたこと。
・運用原資にレバレッジをかけていたこと。
・不動産流動化など、自分ではコントロールできないものに資金を振り向けたこと。

これらが大きな要因でしょう。

そもそも僕は証券会社時代、デイトレード専門のディーラーだったので、デイトレードは上手くいっていましたが、ポジショントレードについては専門ではありませんでした。

これも大きな損失を生む要因だったかも知れません。

僕がブログや、通信講座、セミナーなどで繰り返し「一番重要なのは資金管理だ!」と言っている理由は、このような経験があるからなのです。

 

4.大損から「破産」「自殺未遂」へ

僕は絶対にやってはいけないミスを犯しました。

本来であれば早期に損失を確定しなければならないのに“慢心と油断”から大きな損失を招いたのです。これは完全に僕の責任です。

このとき、僕の個人口座にあった1000万円を急場しのぎのために投入するも“焼石に水”でした。なんとかこの事態を少しでも改善させるためできることをすべてやりましたが“時すでに遅し”でした。

このときの僕には「破産」しか、選択肢の余地はありませんでした。

しかしそれは、僕自身の“死”を意味することになります。

「いっそ、死んでしまった方が楽かもしれない・・・」

いつしか死ぬことばかりを考えるようになってしまいました。

ある日電車待ちのホームに僕はいました。そしてほぼ無意識のまま入線してくる電車に飛び込もうとしたのです。飛び込もうと思った瞬間、けたたましく電車のクラクションが鳴り響きました。

僕は思わず我に返り、その場に倒れ込み泣き崩れてしまいました。

このことを後日、私の恩師(現在、弊社の顧問弁護士)に話をしたところ、このような言葉が返ってきました。

「やってしまったことは仕方がない。これからは人が喜ぶことをやれ!これからはそういう生き方をしてみろ・・」と。

この”言葉”に僕は、頭をハンマーで殴られるくらいの衝撃を受けたのを今でも覚えています。

これで僕の腹は決まりました。

それから僕は、迷惑をかけたすべての人に連絡を取り、謝罪するため約2か月にわたって各地を回ったのです。

 

5.株式市場で復活することを決意する

僕の頭には恩師の言葉がすっと残っていました。

「やってしまったことは仕方がない。これからは人が喜ぶことをやれ!これからはそういう生き方をしてみろ・・」この言葉の意味することをずっと考えていました。

もし本当に、個人投資家の90%以上は株式投資で損をしているなら、僕の経験が生かせるかもしれないと思うようになりました。

そのためにはもう一度、株式市場で成功しなくてはなりません。そこで僕は“株式市場で再起する”という、もっとも過酷な道を選択する決断をするに至りました。

僕が自分自身トレーディングをしながら、株式投資のやり方を多くの個人投資家に教える仕事をしているのは、この言葉によって僕と同じような苦しみを味わって欲しくないというのが最大の理由です。

今ではこの考え方が僕の“信念”として深く自分の心に根ざしており、僕の人生を支えてくれています。

 

6.復活までの道のり

しかし「再起」といっても、全てを失った僕にとっては茨の道です。大きなマイナスからのスタートは、想像を絶するほど困難を極めました。

経済的、精神的障害が、私の目の前に、大きな”壁”となって、私の行く手を、すべて塞いでいきます。まさに”八方塞がり”状態が何度も僕の前に立ちはだかります。

心は焦るばかりです。

「この状態から抜け出すにはどうすればいいのか…」と、毎日、真剣に考え抜きました。

私がこのとき出した答えは「とにかく暇な時間をなくしてアルバイトをして1円でも多く稼ぐ」ということでした。とにかく再起のために、1円でも多く稼ぐことに集中すること。

昼は建設現場やコールセンター、夜は警備などあらゆる仕事を掛け持ちしました。

このときの目的は「もう一度、株式市場で再起すること」ですので、とにかく軍資金を確保すること。「再起」のための軍資金を稼ぐことを目標にとにかく必死で働きました。

アルバイトから帰ってきてヘトヘトになりながら株式市場、為替市場、先物市場その他、僕がいままで培ってきた売買のノウハウに照らし合わせ、毎日、過去に行った3500回以上の取引を検証する日々が続きました。

しかし限られた時間の中での検証作業は、膨大な量の前に難航します。

取引のひとつひとつの相場の環境、情報元、エントリーの判断理由、そして、当時の自分の考え、決済までの過程など、丁寧に記憶を辿りひとつひとつ答えを出していったのです。

経済的、精神的に困難を極めながら作業がなかなか進まず、時間ばかりが過ぎていく中、僕は相当な焦りを感じていました。

「本当に、この検証作業は意味があるのだろうか…」

「何もアイデアが出なければ、どうすればいいのか…」

何度もこのような不安感を抱きながら、膨大な資料を目の前にして、自分自身と格闘する日々が過ぎていきます。

そしてやっとの思いで得た軍資金100万円を手に、破産から約10か月後に株式市場へ再度、参入することになったのです。

 

7.すべてを失っても“復活”できる!

前年に起こった“リーマン・ショック直後”ということもあり、かなり神経を使いましたがパニック的な売りの後は、戻すケースが多いという検証結果を得ていましたので、復活のスタートするには良い環境だったと思います。

株式市場に復帰し、順調に勝ち続け、半年後には資金を約2倍にしたのです。久しぶりに復帰した結果としては、十分な成果でした。

そして、すべてを失ってから1年で”完全復活”し、再起を果たしたのです。

増えた資金を使って僕の経験、知識、スキルを一般個人投資家に役立ててもらおうと、インターネットを使った株式投資のオンライン・スクールを開始することを決め、2010年10月に新会社を設立し、業務を開始しました。

今では、5000名を超える受講生を抱えるまでになり、僕自身のトレーディング収益でも毎年資産を増やし続けています。僕の指導の下、億単位の収益を上げた受講生もいらっしゃいます。

僕の“逆転復活劇”はすべて「これからは人が喜ぶことをやれ!これからはそういう生き方をしてみろ・・」という言葉が源になっていて、この言葉から始まっています。

もしあなたが現在、厳しい環境にあったとしても、八方塞がりだと感じているとしても「もう、だめだ!」と、あきらめないでください。

人間、厳しい環境に置かれたとき、どんどん、視野が狭まります。

もっと周りを見渡せば、その環境を突破できる方法があるのに、狭い視野で考えるあまり突破できないことがたくさんあるのです。

人間の「脳」は、ある”決断”を下した時、思考も行動もすべてが“決断した方向に向いて動き出します。

そのことは、僕が実際に経験しています。だから、絶対にあきらめてはなりません。

”本気”になって事を起せば、大抵のことは、実現可能なものばかりなのです。このことに気付いてほしいと思います。

 

多くの個人投資家は、損失を確定することを恐れたり、他人を批判したり、楽して儲けようと思ったり、目先の利益ばかりを追ってみたり、一攫千金を狙うようなノウハウを追い求める行動になりがちです。

投資の世界に“楽して儲かる”ということはありません。つまり株式投資で成功するのに“近道”は無いのです。

回り道だと思うかもしれませんが、株式投資における基礎的な知識、経験を積み重ねながら、資金管理を怠らず日々検証しながら進むしか成功の道はありません。

“他人に依存することなく、自分の頭で考えて行動すること”

“これまでと、違う結果を得たいのであれば、行動そのものを変える必要がある”

このことを忘れないで欲しいと思います。

「思考」と「行動」を変えない限り、個人投資家が株式市場で結果を残すことは難しいでしょう。しかし株式投資における、正しい知識、正しい経験を積み重ねさえすれば、株式投資で間違いなく良い結果を残せるはず。

株式投資は、あなたの“夢や目標を実現”するための、とても有力な手段です。

何度潰れたとしても、あなたが“正しい投資”をするのであれば、株式市場はいつでも受け入れてくれ、莫大な褒美を与えてくれるからです。

まとめ

今回の記事は、僕の“生き恥”をさらすような内容でしたが、あなたはどんな感想を持ちましたか?

僕が今回の記事を通して、あなたに贈るメッセージはただひとつ。

「どうやれば儲けられるか?という視点ではなく、どうすれば資金を守れるか?」という視点に立って株式投資を考えて欲しいのです。

なぜなら投資を成功させる一番の要因は“資金管理であり、損失を限定させること”だからです。

僕はこれを疎かにしてしまったことで、地獄に落ちましたが「どうすれば資金を守れるか?」という視点に立つことで、再起を果たすことができたのです。

ぜひ、あなたも「どうすれば資金を守れるか?」という視点で株式投資を考えてみてください。

きっとこれまで見えなかったものが、見えるようになると思います。

紫垣英昭

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この記事をかいた人

紫垣 英昭

投資家 / オープンエデュケーション株式会社代表取締役。1964年大阪生まれ。甲子園出場経験者。大学卒業後、証券会社に勤務し、事業法人、金融法人営業、自己売買部門を担当。証券会社退職後、株式投資をはじめ、 日経225先物、FX等の売買指導を行い、個人投資家から絶大なる信頼を得ている。証券会社時代に培ったスキルを投資初心者でも理解できるよう売買指導を行い、今では3000人以上の受講生を抱え、「真に自立できる個人投資家」を輩出するために積極的に活動している。著書に『初心者でもがっぽり儲かる大化け「低位株」投資法』(幻冬舎)『億を稼ぐ投資法則』(ユウメディア)『少額資金で儲ける株ゴー ルデンルール』(ユウメディア)がある。